水害から数日が経過した7月16日。ようやく水も引き、自宅に被害がなかった従業員たちが続々と出勤してきた。
当時、原価企画部門に所属していた佐藤の職場は2階にあった。
「2階の私の部署はパソコンも無事でしたし、特に被害はなかったんです。でも、いざ1階の応援に行ってみると、デスクや椅子、書類が泥まみれになっている光景が広がっていました。
私は応接室の掃除担当になりました。あそこは地盤が低いから、どれだけ泥を掻き出しても次から次へと入ってくるんです。毎日毎日、ひたすら入口に向かって泥を掻き出す作業を必死にやっていました。」
使えなくなった電話の数々
当時購買部だった二ノ瀬は、1枚1枚書類を乾かしたという。
「購買など1階の部署は、書類が全部泥に浸かっていましたからね。どうしても捨てられない「永久保存」の書類が山ほどあったんです。ブルーシートを敷いて、ひたすら書類を並べて乾かしていました。」
一方、経営層の動きとしては、社長をトップとした緊急対策会議が開かれ、ホワイトボードには、次々に情報が追加されていった。
被災した従業員の状況をホワイトボードに記載し、可視化した
総務部所属の金子は、当時の混乱ぶりをこう振り返る。
「まずは状況把握だけで精一杯でした。誰がどこで、どんな被害にあっているのか。手分けして従業員一人ひとりに自宅の被害状況を聞き取った覚えがあります。
総務部は1階に職場があったので、自部門の復旧もしなければいけないし、会社全体の状況も把握しなければならない。その両立が本当に大変でした。
さらに、出退勤の扱いや、使えなくなった食堂の代わりにどう食事を供給するか、各工場から応援の人員をどう手配するか…。
とにかく『どうすればみんなが動きやすいか』を考えながら、業務をなんとかこなしていきました。」
製造現場では、水が引いた直後から本格的な復旧作業が始まっていた。
泥水に浸かった機械は、そのまま通電させるとショートしてしまう。製造部門は、別の地域での水害復旧を経験した設備メーカーの知見を借りながら、モーターなどを一つひとつ分解し、泥を洗い流して乾燥させるという途方もない作業をスタッフ総出で行った。
製造現場での復旧作業
錆びてしまった重要な金型は、約30km離れた長岡工場へトラックで急送。他工場との連携により、急ピッチで整備が進められた。
しかし、生産ラインの復旧には大きな壁があった。「エアコンと暖房機器、どちらの生産ラインを優先して直すか」である。
当時、職制だった植木は、設備のダメージを目の当たりにし、直感的に「両方の同時復旧は無理だ」と判断した。
「上長に直談判し、『エアコンの復旧は無理です。暖房機器のラインにシフトさせてください』と進言しました。できないことをできると言っても仕方がない。現場を一番よく知っているのは自分達だという使命感がありました」
社内には様々な意見もあったが、この「暖房機器への集中」という決断が功を奏した。被害に遭った金型や部品の中でも暖房機器で使用するものから作業を行い、水害から最短の約20日間で生産ラインの立ち上げ(完全復旧)を果たした。
「誰が、いつ、何をするか」を明確にするBCP(事業継続計画)
この未曾有の水害という激動の経験と教訓は、現在の株式会社コロナの根幹を支える「危機管理の仕組み」へと受け継がれている。それがBCP(事業継続計画)だ。
BCPとは、企業が自然災害や大火災などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時の方法・手段を取り決めておく計画のことだ。
近年、自然災害は激甚化・頻発化しており、気象災害による被害は毎年のように発生している。
コロナでは、毎年防災訓練を行っており、水害に関する訓練も実施している。
総務部の金子は語る。
「『地震』や『火災』の発生といった想定に加え、近年では、気象情報や避難情報をどう捉えて指示を出し、どのように情報を流して避難させるか——という水害が見込まれる場合における訓練も実施しています。
国が定める災害に関する警戒レベルや気象庁が発表する気象情報、自治体からの避難情報等の社会的な災害に対する枠組みが変わってきているため、それに合わせて私たちも『こういう情報が出たら、こう動きましょう』という訓練計画を策定し直しています。
ただし、指針や計画を紙の上で作っただけでは、いざという時に動けません。実際に訓練をしてみて初めて分かることも多いので、実践を大事にしています。」
コロナの本社・三条工場では、所属する約700人が訓練に参加する。火災や地震、水害は、災害毎に避難方法は異なるため、毎回同じ訓練ばかり行っていては、いざというときに間違った判断をしてしまうかもしれない。だからこそ、様々な災害を想定して、訓練を行っている。
また、大きな自然災害が発生した際は、社長をトップとした災害対策本部を設置し、対策会議が開かれるルールが敷かれている。
「災害対策本部の設置は『災害対策実施規定』の中で明確に定められています。あらかじめ決められた基準(例:震度◯以上など)に達した時に、総務部長が招集をかけるといった組織的な役割が決まっています。
もう一つ、『災害対策実施要領』という災害発生時における会社がやるべきことと社員がやるべきことを記した規定がありますが、これが制定されたのは平成17年(2005年)です。7.13水害と、その数ヶ月後に起きた中越地震。立て続けに起きた災害の経験がきっかけです。」(金子)
製造現場でも、泥水で書類が流されてしまった苦い経験が現在の対策に生きている。
書類やマニュアルの保管場所は高い位置に見直され、各工場には発電機などの非常用設備を配備。さらに、急なゲリラ豪雨に備え、水に濡れると膨らむ吸水ポリマー製の土のうを設置するなど、物理的な対策も強化され続けている。
こうした物理的な対策や個人の心得だけでなく、事業の継続・早期復旧というBCPの目的を果たすためには、根幹となる社内ルールの整備が欠かせない。“なんとなく”ではなく、経験に基づいてルール化し、組織として備える。
「『防災管理規定』では予防措置としての組織体制や役割を定め、「災害対策実施規定」では起きた後の対応を定めています。事業所の規模や人数に合わせて組織体制を変えるなど、可能な限り実態に即したものにしています。
また、『防災対策実施要領』では、災害防止や被害軽減を図るための建物、設備の維持・管理、緊急連絡先の整備、備蓄品、非常用物品の準備など、すべきことを細かく明示しています。」
実はコロナでは、2004年7月の水害の後にも、同年10月の中越地震で長岡工場が、さらに2007年7月の中越沖地震では柏崎工場がそれぞれ被災した。いずれの災害においても関係部門が一丸となって復旧に奔走したが、単に元通りにするだけで終わらせず、その都度、課題を徹底的に洗い出した。
こうした一連の災害で得た教訓を礎として策定されたのが、現在のBCP(事業継続計画)だ。
コロナのBCPでは、各種規程で定められた初動対応(安全確保や情報収集)に加え、その先の「早期復旧・事業継続フェーズ」における動きを詳細化している。中核事業における目標復旧時間を明確に設定し、生命線となる生産設備については、ボトルネックとなる設備を特定。そのうえで、代替手段や復旧フローを具体的に盛り込んでいる。
生きたBCPで、未来の予測不能な事態に備える
実際の災害経験から生まれたコロナのBCPは、従業員の安全を守り、お客様へ製品を安定してお届けするための大切な土台となっている。「作っただけで終わらせない」危機管理体制で、これからも予測不能な災害にしっかりと向き合っていく。